売上増加による資金繰り悪化

企業分析 資金繰り

資金繰り悪化の対応策として、売上増加を目標にする経営者は多いように思います。しかし、だからといって売上増加が成功し利益が増えたとしても、資金繰りが改善されるとは限りません。多くの中小企業がそうはならないでしょう。

売上増加は資金繰りを苦しくする可能性がある

「資金繰りがきついな」「手持資金が少ない」、このような悩みを持つ経営者の中には、とにかく売上を増やせば利益だって増えるのだから、その分だけ資金繰りは楽になるはずだと考えます。

そう考えるのも理解はできるのですが、そうなるとはいえません。むしろ苦しくなることがほとんどです。それは正常運転資金が増加するからです。

正常運転資金とは

正常運転資金(または経常運転資金)とは、企業が事業を継続するために恒常的に必要と認められる運転資金のことをいいます。

正常運転資金は次の計算式で求めることができます。

正常運転資金=売上債権(受取手形、売掛金)+棚卸資産(商品、製品、原材料等)-仕入債務(支払手形、買掛金)

一般的にはこれらの勘定科目で計算します。しかし、他の勘定科目でも売上債権や仕入債務、棚卸資産に該当するものがあれば含めます。

売上債権

小売業や飲食業等の現金商売をしている企業なら、売上発生と同時に現金で回収できますから、売上が増加すればそれだけ資金繰りは楽になります。

しかし、多くの企業では掛取引をしています。販売して売上が計上されても、売掛代金は例えば月末締めの翌々月末等の条件で後から入金されます。

掛け売りによる売上が増えれば、それだけ売上債権(受取手形、売掛金)の増加につながります。つまり入金まで待たされる金額が増加するということです。

これまで月商が1,000万円、月末締めの翌月末入金だったとしましょう。少なくとも1か月間は1,000万円の入金を待つことになります。月商が2倍になったら入金待ちの売掛金は2,000万円になります。

棚卸資産

売上増加に対応するには、商品等の仕入を増やし在庫を多く保有する必要があります。機会損失を防ぐため、売上規模に応じた在庫が必要です。

これまで月商1,000万円に対し商品在庫500万円だったものが、月商2,000万円になれば、商品も1,000万円程度保有する必要が出てくるのです。

棚卸資産はお金を払って購入していますから、棚卸資産が増えるほど資金繰りは苦しくなります。これは売上債権と同じです。

仕入債務

買掛金や支払手形といった仕入債務は、売上が増加すればこれらも同じ動きをします。ただし、支払代金未払による債務が増えているわけですから、増加したということはその分だけ資金流出を抑えているため、資金繰り的には楽になっているといえます。したがって、計算式ではマイナスするのです。

正常運転資金の計算例

このように売上を増やそうとすれば、それだけ売上債権や棚卸資産、そして仕入債務が増加します。具体例を挙げて計算してみましょう。

現在の平均月商が1,000万円として、売上債権は月商の2ヵ月分、棚卸資産は1ヵ月分、仕入債務は0.5ヵ月分だったとしましょう。

その場合の運転資金額は、2,500万円(=1,000×2+1,000×1-1,000×0.5)です。

この企業は入金を待たされ(2,000万円)、代金を支払い購入した商品(1,000万円)の分だけ資金繰りが苦しく、逆に代金未払いの分(500万円)だけ楽になっています。つまりその差額、2,500万円だけ資金繰りを悪化させているのです。

では、売上が1,000万円から2倍の2,000万円になったとしましょう。

すると、正常運転資金は5,000万円(=2,000×2+2,000×1-2,000×0.5)と、運転資金も2倍になります。

それにより損益計算書は利益が増えるでしょう。しかし、貸借対照表には売り上げたのに入金を待たされている売上債権や、お金を支払って購入した棚卸資産が増え、資金繰りは改善されません。

よく黒字倒産という言葉を聞くと思いますが、ただ売上拡大だけを求めるとそのリスクは上昇します。

資金繰りを改善するには

このように多くの業種では正常運転資金が発生します。しかし、給与等の固定費が毎月発生しますし、借入金の返済もあるでしょうから、黒字倒産のリスクがあります。

それを改善するには次の方法が考えられます。

入金・支払の条件の見直し

売上代金の回収や仕入代金の支払い条件を改善することで改善されます。売上先には回収を早く、仕入先には支払いを遅くしてもらうのです。これは資金繰り改善には大きな効果があります。

しかし、相手の同意も必要ですし、場合によっては信用不安に発展することが懸念されますから、そう簡単にはいかない方法かもしれません。実行するにしても慎重に行う必要があります。

でも当社顧問先を見ると、意外と交渉していますし、受け入れてもらっていたりします。

どうしてもそんなことはできないと不安なら、せめて新規取引先に対して価格や条件を話し合う際に、自社の希望する取引条件を提示する程度のことはしましょう。

在庫管理については社内で管理できることですから、不良在庫を発生させないよう管理を徹底してください。

金融機関からの資金調達

いくら売上増加で資金繰りが苦しくなるとしても、せっかくの売上獲得を諦める必要はありません。取引金融機関に増加運転資金の件を相談しましょう。

金融機関は正常運転資金に対する融資には積極的

金融機関は正常運転資金に対する融資には積極的です。なぜなら販売代金回収によって返済可能な融資だからです。売上増加なら、本業が好調であり、かつ前向きな資金需要が発生しているのですから取り組みやすいでしょう。

好調な理由を具体的に説明し、契約書等の書類を見せるとより効果的です。そして試算表や資金繰り表も必要です。特に今後の資金繰り見通しを作成すれば、融資の必要額を説明することができます。

しかし、売上の架空計上等によって業況が好調なように装っている企業もあります。

だから、金融機関は業界が厳しいのに、それに反して好調な企業からの融資は、粉飾の疑いを持つことがありますから注意しましょう。また、回収不能債権や不良在庫の存在によって運転資金額増に見せることも多いです。

売上債権や棚卸資産の中に資産価値のないものがありませんか。回収不能債権、不良在庫がないかも気にするポイントです。もしそれらが見つかれば、先ほど計算した運転資金額から減額されることになります。

正常運転資金の調達方法

ところでこの正常運転資金をどのように調達しているでしょうか。返済期間が長期でかつ毎月返済になっていませんか。

金融機関への返済は毎月発生するものだ、と思っている経営者は少なくないでしょう。

しかし、この正常運転資金は経営を続けていれば、そして取引条件に変更がなければ恒常的に発生し続ける運転資金です。

したがって、売上代金を回収しても返済に充てず使えるようにした方がいいのです。そこで短期継続融資(当座貸越等)にて資金調達する方法もあります。

融資期間は半年程度(あるいは3か月や1年)の期日一括返済で対応し、期日近くになったら業況を金融機関が再度確認し、月商等に大きな変化がなければ同額で継続融資する方法です。徐々にですがこの融資を受けている企業に出会いますし、提案する金融機関も増えてきました。

商品を仕入れて販売・回収した現金を返済に回さず、事業資金として使えるため資金繰り安定につながります。

返済期間が1年以内なので、継続を受けられなかった場合のリスクを不安視する声はあります。しかし、業況が悪化し短期継続融資が受けられなかった場合、金融機関が一括返済を求めても無理なケースが多数ですから、実務上は証書貸付による長期での返済を求められることになるでしょう。

ただ、この短期継続融資に積極的な金融機関ばかりとは限りません。また利用できる企業も限られたりします。提案を受けたら検討してください。

もし利用できず今まで通りの証書貸付で毎月返済が発生するなら、返済によって減少する資金を早めに増額借り換えによって回復するようにしましょう。

資金繰り表

金融機関以外からの資金調達

借入過多や税金未納等により、前向きな資金需要であっても金融機関からの資金調達が不可能な企業もあるでしょう。

そんな企業でも利用できる資金繰り改善サービスとして、売上債権を早期に資金化するファクタリングがあります。これは融資ではなく、売上債権をファクタリング会社に売却することによる資金調達方法です。最近は利用する企業も増えましたし、大手企業がサービスを提供するようになってきました。

しかし、銀行融資と比べればファクタリング利用時に差し引かれる手数料は、年利に換算すれば高額です。それにファクタリング会社も頻繁に利用する顧客は危険だと警戒しますから、万一の場合にのみ利用すると考えたほうがいいでしょう。

また、最近は仕入代金の支払いを遅らせるサービスを提供している企業もあります。もし関心があれば当社でご紹介が可能です。

まとめ

苦しい資金繰りをどうにかしようと考え、「資金繰りが苦しいのは利益が少ないからだ。とにかく売上を増やそう」と行動しても、正常運転資金が発生する企業では、より悪化する可能性が高いです。

それに応じた資金を金融機関から調達すればいいわけですが、売上増加の理由や今後の見通し、そして必要額を資金繰り表で説明してください。

ただし、融資やファクタリングに頼ってばかりでなく、回収や支払の条件の改善、在庫管理強化にも取り組んでいきましょう。